施工技能者不足解消への挑戦からはじまった施工指導の輪。パートナーとともに挑み日本から海外へ
「Architectural Productsで社会を幸せにする会社。」をパーパスとして掲げるYKK AP。住宅用の窓やドア、インテリア建材やエクステリア商品、ビル用のサッシやカーテンウォールなどの商品を製造しています。これらの商品は住宅やビルなどの建物に取り付けることで、初めて機能を発揮するため、商品そのものと同様に、施工技能者による施工品質が大きく関わってきます。特にYKK APのビル用商品を建物に正確に取り付けるには高い技術力が必要です。その技術力を高めるため、YKK APでは2004年、中国での施工研修所開設を皮切りに、世界各地に施工研修所を開設し、施工指導を行っています。各国/地域で抱える課題が異なる中、YKK APの施工指導について、ビル本部 設計施工技術部 施工技術部 技術グループ長 黒瀬雅夫さんと、ビル本部 設計施工技術部 品質保証部 品質強化室 施工グループ長 横山剛久さんに聞きました。
パートナーが抱える課題はYKK APにとっても課題
YKK APでは、施工会社を単なる取引先ではなく「パートナー」と考えています。施工技能者による施工品質がYKK AP商品の価値に大きく影響を与えるということは、メーカーであるYKK APと、施工を担う施工会社、双方の連携・理解が大切だと考えるからです。
この考えのもと、主にYKK APのビル用商品の施工を担う、高い技術力を持った全国の施工会社とともに、1992年「YKK APグループ施工協力会(以下、施工協力会)」を発足しました。以来、日本全国で490社2,087人(2023年4月時点)が加盟し、全国の支部組織で活動しています。
YKK APと施工協力会、ともにより良い建物をつくるために高みを目指している中、日本の建設業界は、大きな課題を抱えています。それは施工技能者不足です。国土交通省の「建設産業と技能労働者をめぐる状況」についての調査によると、2015年時点で、建設業に携わる人の55歳以上が約34%、29歳以下が約10%とされています。高齢化が進んでいる日本において、この数字はかなり深刻です。数十年後には、今の建設業界を支えるベテラン施工技能者が引退することが予想でき、全国の施工会社にとって、ベテランの技能を若手に継承していくことが急務となります。
建設業界の人材育成は従来から「徒弟制度」により行われてきました。親方は自分の弟子にのみ技術を引き継ぎ、弟子は親方の背中を見ながら技術を磨くという方法です。一人のベテランが技術を教えられる若手の数には限界があり、技術を習得し独り立ちできるまで約10年かかるとも言われています。パートナーらが直面しているこの課題は、YKK APにとっても課題です。ベテランの技能を一人でも多くの若手が吸収できる体制を整えることができないか、YKK APと施工協力会は考えました。
そこで2013年、施工協力会のベテランが若手を指導・育成する「施工技能修練伝承塾(以下、伝承塾)」を立ち上げました。カーテンウォールなどビル商品の製造の本拠地である滑川製造所の一角に研修施設を設け、初級・中級・上級とステップを踏んでいきます。各講座は一度につき8名を定員とし、少人数で集中的に技術を磨きながら、中級、上級に進む前には、実現場での実践で学んだ技術をアウトプットしてもらいます。インプットとアウトプットを繰り返すことで、最短6年で一人前になることを目指します。
「中には『せっかく自分たちが一生懸命、身に付けてきた技術を、どうして部外者に教えなくてはいけないのか』といった反論の声もありました」そう話すのは、伝承塾の立ち上げに携わった横山さん。しかし、そのような声に対し、「技術を盗まれることを恐れてはいけない。自分たちがもっと技術を磨けば良いだけ」という考えが施工協力会のメンバーから広まったことにより、伝承塾が活発になっていったと続けます。
日本から世界へ 広まる施工指導の輪
2016年、日本の伝承塾の評判を受け、YKK APインドネシア社でも施工協力会とともに施工指導を行うように。若い施工技能者が多いインドネシアでは、YKK AP商品の施工方法や技術を教育する場として、従来もタンゲラン工場内に独自の施工研修所を設置し、YKK AP社員が施工研修を実施していました。従来の施工研修をもとにしながら、日本の施工協力会のベテラン施工技能者を招いた研修を行うことで、施工品質の更なるレベルアップを目指しています。
さらに、2017年には日本の伝承塾を参考にした、台湾版伝承塾が開校されました。台風の通り道であり、高い水密性能が求められる台湾のビルサッシ業界。台湾では日本と同様にYKK APの施工協力会を結成しており、YKK AP台湾社と共に施工品質の向上に向け取り組んでいました。従来から日本との交流はあったものの、日本の施工協力会のベテラン施工技能者から教わることができる伝承塾の開校により、施工技能者のレベルの底上げを目指しています。開校後には、台湾の施工協力会会員が滑川製造所で行われた伝承塾初級コースにも参加し、日本の施工品質のDNAを受け継ぎながら、現在も伝承塾の充実化を図っています。滑川製造所からはじまったパートナーとの共働による施工指導が世界にどんどん広がっていきました。
一方で、施工研修所での施工指導や伝承塾の開校だけではなく、物件プロジェクトごとに、実現場で行う施工指導も実施しています。これまで、台湾や香港、インドネシア、シンガポールなどで、日本の施工協力会やYKK AP社員とともに、実現場で実践しながら商品の施工ポイントや注意点を共有してきました。「世界各地によって、施工方法は多種多様です。決して日本の手法が最適とは考えず、その地域の手法も尊重しながら、最適なものを地道に模索していきます」と話すのは横山さん。建築物の基準も世界各地で多種多様のため、日本の基準に合わせた指導は適切ではありません。各地の文化や風土に合わせた施工指導で、パートナーらの施工技術向上をサポートしています。
続けて、黒瀬さんは「私たちも施工協力会も、決して各地の言語が堪能なわけではありませんが、現地の言葉を無理してでも使いながらコミュニケーションをとっています。言葉だけで難しい場合は、建築施工図に色塗りし、アナログながらも工夫しながら進めてきました」と続けます。コロナ禍には、スマホ通話によるリモート対応も実施。各地との交流を続けています。
施工品質だけではない 安全にかける想い
「伝承塾や各地での施工指導で、施工品質について施工技能者と認識を共有するのはもちろんですが、同時に、絶対に外してはいけないテーマは“安全”です」そう話すのは、黒瀬さん。YKK APでは、安全は品質や納期、コストと比較するものではない、「安全別格」だと考えています。もし安全を怠って事故や不具合が発生した場合、その対応にかかった納期やコストは私たちの努力で取り返すことができますが、労働者の健康や命は二度と戻ってきません。「安全別格」は世界共通の意識として、世界中の施工技能者にも共有し、少しでも危険なところがあれば指摘しながら、労災ゼロに向けて取り組んでいます。
「安全な現場をつくることは、地味な仕事の積み重ねです。しかし絶対におろそかにしてはいけない。施工技能者に万が一のことがあってはならないと、メーカーとして責任をもって指導しなくてはならないと思っています」と横山さんも続けます。
必ず解決策を見つける モノづくりにかける想い
施工研修所の開設や伝承塾の開校など、世界各国/地域で広まる施工指導の輪。「パートナーである施工協力会の若手育成にYKK APが一緒になって取り組んでいくことで、最終的にはYKK APの成長につながります。これはまさにYKKグループが事業活動の基本としている“他人の利益を図らずして自らの繁栄はない”という考えを示すYKK精神『善の巡環』です。YKK APと施工協力会は互いを高め合いながら、発足以来の歴史を積み重ねてきました。これが私たちの自信になっていることは間違いありません。日本の施工技能者不足は未だ現在進行形ではありますが、施工協力会と力を合わせれば必ず解決策が見つけ出せるはずです」横山さんは未来へ強いまなざしを向けます。
一方で「施工技能者不足という課題解決に向けて、伝承塾や施工指導などの活動は継続していきますが、YKK APでは省施工化につながるロボット開発にも注力しています。しかし、ロボットがすべてを解決できるとは思っていません。まずは日本での実証実験を通して、世界への展開も視野に入れながら、検討していきたいです。しかしどれだけロボットが優秀だったとしても、人の力が不要になることはありません。ロボット技術開発を進めながら、パートナーの課題にも向き合い続けます」と黒瀬さんも意気込みを語ります。
建設業界が抱える課題に、施工協力会とともに向き合ってきたYKK APは、この先どんな困難があっても、ビル建設というモノづくりに熱い想いを持ち続けます。
黒瀬 雅夫
1988年入社。以来、ビルの設計と施工管理を担当。施工管理として、日本だけではなく、ブラジルや台湾、香港など世界各地にて、パートナーらに施工指導を行う。
横山 剛久
1988年に入社。以来、ビルの設計と施工管理を担当。2012年からは施工協力会の事務局を担当。YKK APの窓口として、施工協力会との連携をとる。2013年には伝承塾の立ち上げを経験。
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